Mind Melody.

写真と音楽と旅と動物が好き。

Miraclebird87さんに出会うまでと出会った直後までの話。

さだまさしさんの小説「解夏(げげ)」を読んだ。ベーチェット病を発症した青年が次第に視力を失っていく苦悩と、恋人と共にそこから立ち直って行くまでを描いた作品だった。

2002年、解夏の映画が公開され、2004年にはドラマ化もされた。私はそれを見て何度も思い出したことがあった。高校生の時の修学旅行。その時に長崎の街がとても好きなったこと。そして、いつかまた必ず行こうと心に決めていたこと。

あれは確か7年前の6月。梅雨の気配を感じつつもよく晴れた日だった。思い過ごしかも知れないけれど長崎の太陽は光が強い。神戸空港から長崎空港まで行き、そこからバスで長崎駅へ向かった。乗客はまばらで途中からずいぶん長い間1人で乗っていた気がする。

長崎市内には路面電車が走っていた。それに乗る手もあったけれど、私は歩いて長崎の街を巡ることにした。映画とドラマのロケ地を中心に回るつもりでメモを持ってきていた。眼鏡橋グラバー園オランダ坂大浦天主堂など、観光地も多かったけれど、寺院や教会、住宅地の中にある公園にも行った。おそらくほとんどの方はご存知の通り、長崎の街は坂と階段が多い。でも、港町の情緒あふれるところも含めて、自分の住む神戸と少し似ているように感じていた。

そもそも、私がこんなにも解夏とその舞台になった長崎に惹かれた理由は、さだまさしさんの小説の描写がとても美しく、哀しく、その中に出てきた言葉が心に残っていたからだと思う。

解夏」とは、仏教で安吾(あんご)という修行が終わる(明ける)日のことで、安吾とは雨期には多くの昆虫や小動物が動き回るので外での修行をひと月ほど止め、無駄な殺生をしないことを目的として、いつもはバラバラで修行している僧が一箇所に籠もって修行することをいうそうで。小説の中で、ベーチェット病を発症した青年が僧侶から「解夏とは、失明するという恐怖と闘うあなたにとって、失明すると同時にその恐怖から解放される日」という言葉をもらうシーンがある。人生は常に修行であって、失明するという業を背負った青年にとって、失明した日に修行が明けるということ。

失明した瞬間にもう「失明する」という恐怖は味合わなくて良い・・・なんと辛い業なのだろう。

1日目の終わり、夕方から長崎市内を一望できる稲佐山に登ってみることにした。バスに乗って途中まで行き、そのあとは頂上までロープーウェイで登る。陽が傾き、夕暮れの街を見下ろしながら、私は映画やドラマのことよりもここに原爆が落ちたことを考えていた。こんなにもキラキラと輝く美しい街の人々に、何の罪があったんだろうか。

陽も暮れ、長崎の街は更に輝きを増した。稲佐山から見る夜景は、神戸・札幌と並び「日本新三大夜景」にもなっているそうで「1,000万ドルの夜景」と称されるほど。確かに起伏のある街に灯りが散りばめられ、海に反射する光も相まって本当にキレイだった。

日中の暑さは嘘のように、風が通り抜ける稲佐山は肌寒く、気付けば周りにいる人はほとんどがカップルになっていることに気づく・・・。私は気にしないフリをしてせっかくだからとYouTubeでドラマの挿入歌になっていた「愛し君へ」を聴くことにした。森山直太郎さんの名曲。フルコーラスを聴き終わり、その世界観に酔いしれていた。すると、確か関連動画としてスポットライトの映るサムネイルが見えた。

何気なくそのサムネを押してみる。それがこの動画だった。

歌い出しの衝撃。声の響き。発音の良さ。ギターの音色。後半の切なく涙腺を刺激する声。

全てが衝撃だった。長崎にいることを忘れてその歌声に引き込まれていた。誰なんだろう。この魅力的な声の人は。

長崎の旅は次の日もまだまだ色んなところを巡ったので続くのだけど、そこは割愛。

帰ってからも私は毎日このチャンネルを見ていた。「Miraclebird87」。そのチャンネル名以外はほとんど情報がない。今のように顔のはっきりわかる動画も上げていないし、生配信もしていない頃。 他の曲も全部聴いてみた。私はすっかりその叙情的な声の虜になっていた。

でも、当時すでに動画の更新は止まっていて、私もアカウントを別のものに切り替えていたため、それから数年の月日が過ぎて行くことになる。

 (つづく)